「婚姻外の男女関係の一方的解消による不法行為の成否」 〜「猫の法学教室」の掲示板へのmizumotoさんの投稿
mizumoto 2005-6-9 4:26:29
6月8日に平成16年度重要判例解説(有斐閣)が出ました。一方当事者が「パートナー婚解消訴訟」と称していた判例について、尊敬する、水野紀子教授による解説がありましたので、それを踏まえて(表題を変えて)コメントさせて頂きます。(長文、大変失礼します)
通常の法律論と同じですが、婚姻外の男女関係の一方的解消の責任追及についても、不法行為構成と、事実婚契約(又はパートナーシップ契約)の不当破棄という契約(債務不履行)構成があるわけです(平成16年重判79頁参照)。
不法行為構成については、内縁準婚法理により肯定できる可能性があります。しかし、「関係継続期間の長さと2子の誕生は、通常なら内縁」を認定する要素として十分ですが、「住居と生計の別、(この女性による)子の極端な養育放棄は、それを覆すに足りる要素」です。ですから、本問では内縁関係になく、内縁不当破棄という構成はできません。では、内縁準婚理論以外に、不法行為請求ができるのでしょうか? 「両当事者の合意に基づく限り、どのような関係を形成するかは当事者の自由ですから、これを規制する必要がない反面、これに特別な法的効果を付与する必要もない」わけです(多数説・判例タイムズ1169号145頁)。ラクに関係を築くことができるなら、ラクに解消できるというのが論理的というワケですね。 だから、一方的解消も自由であり、特段の事情がない限り不法行為責任はなく、本問ではその特段の事情がなかったと、最高裁判例は認定したわけです。
契約構成はどうでしょうか? 事実婚契約は合法ですが、「この種の合意を裁判所が民事的に担保できる有効な契約と評価できるかという判断は、微妙」です。「性的な関係を含む協力関係を債務」とする契約は、公序に反するおそれがあり、「財産の清算を認めるのがせいぜい」であって、まして、「将来に向かっての関係離脱の自由は合意によっても放棄できない」(水野・平成16年重判79頁)でしょう。性や身体は人間の尊厳にかかわるものですから、契約による強制(例えば腕1本を売る契約を強制する)はできないというわけです。この事案では、共有財産もなく、そもそも将来にわたる関係離脱の自由を放棄する合意すらないので、契約責任は生じないわけです。
それでは、まとめと感想です。
最高裁判例が「慰謝料を認めなかった結論はほぼ異論がない」(水野・前掲79頁)ものであり、私もこの結論は妥当だと考えます。敗訴した女性にとっては、このような結論は「うごめく現実を読み解く能力」がないとか、「旧態然とした社会しか目に入ら」ない態度だと感じるようです。しかし、これは反対なのではないでしょうか? 社会における日本の女性の地位が低く、性的犯罪への刑事救済・男性に遺棄された女性の民事救済が不十分であった時代においては、裁判官は広範な裁量で女性を保護(慰謝料肯定)したのですが(水野・前掲78頁〜)、社会的な背景が変わり、女性が性的な自己決定を実質的に行使できるようになった現在、むしろ(男女関係解消の)慰謝料は否定的になるべきです。最高裁判例は、時代に即応した結論を示したと思います。被害者意識を感じているこの女性こそ、時代にあっていない意識を持っているとの疑念を感じます。
また、敗訴した女性のHPを見ると、「解消関係の際に、子供や財産に関する取り決めをしない態度」が不当であるとして、不法行為責任を請求したかったようです。しかし、不法行為請求が認められるには、(どこの国の法律でも)「利益の侵害」が必要ですが、この事案では「態度」が何という利益を侵害したのか不明です。「利益」が不明であっては、日本はおろかどこの国でも損害賠償請求は難しいです。
最高裁判例の結論を妥当とするかどうかに関わらず、多くの人が違和感を感じるのは、この女性が出産時に合意した子の扱いでしょう。水野教授はこう厳しく指摘しています。「出産にあたっての合意は、子の遺棄を内容とする契約であって極めて違法性が強いもので…明瞭に公序良俗に反する」と(前掲79頁)。敗訴した女性に厳しい批判をよせる方々の意識は、この点にある思います。敗訴した女性は、出産時の合意を何もおかしくないと思って、批判へ反論されていますが、明瞭な民法90条違反である以上、反論は功を奏さないと思います。
Re: 婚姻外の男女関係の一方的解消による不法行為の成否
S-I 管理人
S-I 2005-6-10 7:18:12 To:mizumotoさん
まず、不法行為責任について
本件では、住居と生計が別であることに加えて、子育てに関与してないことから、結婚に準ずる内縁として保護する(準婚理論)ことはできない。
そして、(結婚に準ずる)内縁にあたらない男女の関係は、特段の事情がない限り保護されないということですね。確かに、男女関係破棄について、何でもかんでも不法行為責任の対象とするわけにはいかないので、保護に値するだけの特段の事情が必要というのは、当然だと思います。
問題は、本件に特段の事情が認められるか?
最高裁は、「ない」としたわけですが。。
次に、契約責任についてですが、
性的関係に対して対価を払うような契約や、性的関係の継続を内容とする契約は、公序良俗に反して無効だと思います。
しかし、お互い貞操義務を負うような契約は、有効だと思います。
内田民法4p75にも、
引用:
同性の当事者が契約で婚姻のような債務を負う(不貞行為をしない債務など)のは、原則として自由だろう。つまり、契約としての保護を与えることは考えられる。
とあります。
住居や生計が別であっても、公序良俗に反しないという点では同じだと思います。
としても、本件で問題となっている関係離脱については、関係離脱の自由を放棄する合意がないので、契約違反にはならない。また、仮にそのような合意があったとしても公序良俗に反し無効。ということですね。
まとめと感想について、しばらく考えた後、意見を掲載させていただきます。
Re: 「婚姻外の男女関係の〜」の(特に)契約責任に関して
mizumoto 2005-6-12 0:36:04
To S-I さん
S−Iさんと私の「契約責任」に関する意見の違いをまとめてみますと↓、こんな感じでしょうか。(違っていたらごめんなさい)
<S−Iさん>
- 性的関係に対して対価を払う契約・・・無効
- 貞操義務を負う契約・・・・・・・・・有効。違反した場合裁判上損害賠償可能
- 関係離脱の自由を放棄する契約・・・・無効
<mizumoto>
- 性的関係に対して対価を払う契約・・・無効
- 貞操義務を負う契約・・・・・・・・・有効。違反した場合裁判上損害賠償不可
- 関係離脱の自由を放棄する契約・・・・無効
この事案では、3.の契約の問題ですから、お互いの意見に違いはありませんね。そういえば、この事案に関する毎日新聞の解説には、「外見上は今回と同じでも、2人の仲が永続的に続くことを約束(契約)していれば、逆の結論になることも予想され」ると書いてありましたが、契約は無効ですから、逆の結論にはならないでしょうね。素直に考えても、「(関係が)永遠に続く契約」なんて、典型契約でさえ、ないですから、まして性的関係を含む契約では無理だと思いますが。
不法行為責任については、簡潔に言えばS−Iさんがまとめた通りです。そうすると、不法行為責任を認めるかどうかで、お互いの意見を異にするのですね。
特段の事情を除き、原則解消自由という多数説・判例を前提とすると、
<S−Iさん>→特段の事情ありと判断。
<mizumoto>→特段の事情なしと判断。
なんでしょうね。ただ、敗訴した女性のHPを拝見すると、もう少し違う要素を付加していれば(具体的な言及は避けますが)、特段の事情が認められて損害賠償を肯定できたかもしれないとは思いました。
<追記(6月16日)>
敗訴した女性のHPを拝見すると、やはり、契約があったら「勝訴になった可能性が高い」と理解なされたようです(「『毎日新聞の解説』に対する私のコメント」より)。最高裁は、婚姻外の男女関係について、準婚理論を否定して契約理論により保護を図る説(水野紀子「事実婚の法的保護」石川稔ほか編・家族法改正への課題83頁)を意識しただけで、「契約あり=責任肯定」ではないと思うのです(判例タイムズでの、この判例の(調査官)解説より)。毎日新聞の解説は罪作りだな〜と感じました。