6月15日
AERA2008年6月16日号に、薬害肝炎訴訟に関わってきた弁護士、鈴木利廣さんに関する記事が載っていて、そのなかに、次のような一文がありました。(文 江川紹子)
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ただし、忙しくても家庭や地域との関わりもないがしろにはしない、という点では先輩人権派弁護士たちを反面教師にしている。
二人の娘が子どもの頃には、週に2度は夕飯を共にするように心がけ、娘の誕生日には仕事に入れない。娘も学校を休み、一日中一緒に遊んだ。子どもと遊ぶのも全力投球。回転物が苦手なのに、娘にせがまれて遊園地のコーヒーカップに乗り、一足遅れて妻が到着した時には、真っ青な顔をしてベンチに横たわっていたこともある。・・・・(原文ママ)
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私はこれを読んでため息が出ました。もし父親ではなく、母親だったらどうでしょう。社会は、週に2回しか夕飯を共にせず、娘の誕生日以外は仕事を入れる母親に対して、家庭をないがしろにしていると非難すると思います。
この鈴木さんが女性の人権派弁護士だったら、果たして、江川さんは同じように書いたでしょうか。おそらく書かなかったでしょう。
真っ青な顔をしてベンチに横たわっている母親に対して、まだまだ社会は“勝手に目を廻してろ”という視線を浴びせます。熱心に子育て支援をやっている人でさえ、ベンチに横たわっている母親に対して、“休んでいると目が廻るのがおさまります。休んで廻りに甘えましょう。”とは言いますが、自分の体調を優先させて遊園地のコーヒーカップに乗らない母親を容認はしないです。江川さんには、社会のそういった矛盾(これって、最近忌み嫌われている言葉ですが、やっぱりジェンダーの問題なんですよね。。)に切り込んでいく文章を書いていってほしいです。
・・・と私がいうと、「最高裁・パートナー婚訴訟の原告」として私をみる人は、「らしい発言だなぁ」と思うでしょう。しかし、私を知る多くの人は、洋服とピアスを必ずお揃いにし、いつも笑顔で仕事をする私と「最高裁・パートナー婚訴訟の原告」がそもそもかぶらないはず。
得体の知れない、想像を超えた面を持っている人ほど面白いのですよ!